vol.7
それから2週間がたち、帰国のために空港にいた。
搭乗時間までまだ時間があったので、イスに座って待っていると携帯が鳴った。
「もしもし?」
「類?!麗奈だけど。もうすぐ帰るんでしょ?」
久しぶりに聞く愛しい人の声に思わず顔がゆるむ。
「そうだよ。元気にしてた?連絡できなくてごめん。」
「ううん、だって忙しかったんでしょ?!そんなの気にしないで。
それにもうすぐ会えるじゃん。ちゃんとまっすぐ家に帰ってきてよ。」
「わかってる。良い子で待ってればお土産あげるよ。」
子供扱いしないでと怒る元気な彼女に早く会いたい気持ちが増す。
きっと彼女はまた何かを求めて不安になっているから
早くこの腕に抱きしめて安心させたい。
「小澤さん。類は明日の2時の飛行機で帰ってくるんだよね?!
家に帰って来てって言ったけど、あたし空港まで内緒で迎えに行くことにしたの!
きっと驚くだろうなぁ〜楽しみ!!」
電話を切った後、使用人の小澤さんに類の帰国時間を再チェックした。
今までどこかに行くにも一緒について行ってたから、お迎えってあんまりしたことないのよね。
いっつもあたしが驚かされたりしてるから、今回はあたしが驚かしてやるんだから!
でも・・・ホントは驚かせたいからじゃない。
寂しい・・・恐い・・・。
いつも類に抱きしめられて眠るから大丈夫だったけど、
類がいない間はなんだか不安だった・・・。
あたしの知らない何かが溢れそうで・・・恐いよ・・・。
vol.8
麗奈との電話を切った後、そろそろ搭乗口へ行こうと席をたったら
司が向こうからやってきた。
司も俺に気付いたのか、よぉと声をかけてきた。
「なんだよ、類も同じ便で帰るのかよ。」
「司も帰るんだ?」
「あぁ。あっちでの仕事が山積みなんだよ。誰かさんがNYで会議するっつーから
NY来ただけなんだよ。ほんとマイペースなとこかわんねぇな。」
「あれは親父と司のお父さんが決めたことだから、俺のせいじゃないよ。」
「まぁ機内でずっと仕事もなんだし、少し話そうぜ。」
その言葉に敏感に反応する。
「・・・そうだね。」
司が境界線を越えようとするとは思えない。
だって司はすべてのものに興味をしめさないから。
それが司の失ったものの大切をあらわす。
司にとってのあいつの存在の大きさを改めて見せつけられる。
それは俺にとっては苦痛のなにものでもない。
なぜならそれは今の俺が彼女を想う気持ちと同じだから。
これほどまでの独占欲、支配欲、征服欲・・・
すべては彼女を愛するがため。
こんな感情を司も抱いていたと思うと、嫉妬で狂いそうになる。
機内ではお互い仕事を先にしていたが、一段落すると司がワインを頼んで俺にグラスを渡す。
「NYではゆっくり飲むこともできなかったしな。まぁ乾杯でもしようぜ。」
グラスに注がれるワインを通して司の顔を見た。
きっと今の司の記憶はこのワイングラスの底に沈んだまま。
このワインを飲んでしまえば司の記憶はもどる。
だったらこのワインを注いだままにしとけばいい。
このワインを飲み干すことができるのは彼女。
注いだままにしとくことができるのは・・・自分だけ。
vol.9
長い空の旅も終わり、日本に着いた。
あのあと機内の中ではほとんどお互いの仕事についての話。
少しだけ司の女関係の話を聞いたが、全部あいつにとっては遊びの関係。
その女達に同情はしないが哀れだなとは思った。
けれどその女達は麗奈の代わりになっているのだから、感謝しなくてはとも思った。
空港に着いた時、ちょうど司に電話が入った。
「先に行ってくれ。」
そう言って司は電話に出た。
俺はそのまま秘書とSPを連れて到着ゲートを出て、車が用意してあるほうへ向かった。
その時、愛しい人の声が聞こえた。
「類!!!」
深く帽子をかぶった小柄な彼女が駆け寄って来る。
走ってくる間にかぶっていた帽子がとれて、彼女の花が咲くような笑顔が見えた。
彼女のSPが慌てて帽子を拾うが、彼女は気にせずそのままこちらに走ってくる。
そして彼女は俺に抱きつき、俺はこれでもかというくらい強く抱き上げた。
「びっくりした?!内緒でお迎えに来ちゃった!」
「びっくりしたよ。でも来てくれてうれしい・・・会いたかった。」
俺は彼女の存在を全身で確かめる。
すると彼女はすでに涙目になって言う。
「あたしもだよ。類がいなくて寂しかった。」
その言葉に安心して唇を重ねた。
・・・その時忘れていた。
俺たちの後ろにはあいつがいたことを。
きっとこのすべてを忘れた2人の出会いからグラスが傾いてワインがこぼれだしたんだ・・・
まだこれはほんの1滴にすぎない・・・
だが1滴落ちればもう止めることはできない。
すべては愚かで醜い愛の始まり・・・
NOVEL