vol.1
物事にはタイミングがあって、それを逃したらもう二度とチャンスはこない。
その結果が今のあたし。
あの時一番欲しかったものを失った。
たったそれだけのことなのに、今でもあたしを苦しめる。
「お嬢様、おはようございます。お食事の用意ができていますので、お支度を整えてください。」
「・・・はーい・・。」
・・・この生活は慣れたけど、『お嬢様』はやっぱり慣れないわ・・・
あたしは簡単にシャワーを浴び、朝食の席についた。
「お母様おはよう。あれ・・・聖は?」
「つくしおはよう。聖は先に食べて、今支度をしてると思うわ。
つくしも早く食べないと、また聖に怒られるわよ。」
お母様と呼んでる私の前にいる人は、もちろん『本当の母親』。
あたしはため息をついた後、急いで食べてエントランスに向かった。
「遅いっ!!!お前は何でいっつもいっつも寝坊すんだよ!
オレは会議の時間ギリギリなんだよ!!」
エントランスの前で、腕を組んで眉を吊り上げて叫ぶこの人は
あたしの兄の聖(ひじり)。ううん、正確には義兄。
「うるっさいなー!だったら先に行けばいいでしょ?!
あたしは歩いて大学まで行くって何回も言ってるじゃん!!」
「お前を公共交通機関で行かせるわけねぇーだろ!
自分の立場をもっと自覚しろ!ロンドンとはちがうんだよ。ほらっ早く乗れ!」
結局あたしは車に乗せられて大学まで行った。
ねぇ道明寺・・・これがあたしの日常なの。
こんな生活あたしには無縁だと思ってた。けど現実はこの通り。
でもね、こんなに世界が変わっても、あたしとあんたの世界が交わる事はないんだね。
簡単に言えば、私はお嬢で、あのお気楽なパパとママの本当の子ではなかったっていう事。
真実を知ったのは・・・そう、あんたと鍋をして別れた数日後だった・・・・
vol.2
司と別れた数日後、あたしはパパとママのアパートを訪ねると、
2人はいつもとは違う表情で話し始めた。
「つくし・・・今まで苦労ばかりかけてごめんね。
こんなことになるんだったら、約束の時に本当の事を話していれば良かった・・・。」
「えっ何?!いったいどーしたわけ??話が見えないんだけど・・・。」
ママがうっすらと涙を浮かべてるのに気付き、なんだか不安になった。
そしてママの代わりにパパが話し始めた。
「単刀直入に言うよ・・・つくしはパパとママの子じゃないんだ。」
・・・えっ?!!・・・
その言葉にあたしは自分の耳を疑った。
パパはあたしから目をそらし、苦しそうに続ける。
「つくしの本当の親は宮川財閥の会長なんだ。
パパは宮川・・・つくしの父親とは幼なじみでね、仕事をしだしてからも結構会ったりしてたんだ。
その頃、パパとママにはつくしの5歳上の男の子が生まれたんだ。
名前は『聖』。
そしてその5年後につくしは生まれた。
けれどつくしの母親は子宮がんで治ったものの、もう子供が産めなくなってしまった。
つくしは女の子・・・大きくなれば嫁いでいく。
宮川はどうしても男の跡取りがほしかったんだ。そこで宮川は聖を養子にほしいと言ってきた。
もちろん断ったよ。けれど宮川は毎日毎日家に来て頼み込んで来た。
財閥の伝統を守りたいという気持ちが痛いほど伝わってきてねぇ・・・
ついに養子にやることを承諾したんだ。
けれどパパとママは条件を出した。その条件は・・・
つくし、お前を高校生になるまでうちで育てること。
お互い悩んで悩んで最後に出した結論だった。
そしてその日からつくしは私たちの子として育てたんだ。
日に日に大きな目や綺麗な黒髪が母親に似てきて、約束の時が近づいてきた。
けれどパパ達はどうしてもつくしを手放す事ができなかった・・・
もう少しだけ一緒にいさせてくれと頼むと、高校は英徳に行かせてほしいとだけ
言って、機嫌を伸ばすことを許してくれた。
そしてつくしは・・・道明寺さんと出会った・・・。
道明寺さんのお母様に会った時に、本当の事を話していれば2人は・・・
だけど、どうしても本当のことは言えなかったんだよ。いや、言いたくなかった。
あんな冷たい人間がたくさんいる世界につくしをいれたくなかったんだ・・・
今思えば私たちの我が侭だよ・・・本当にすまない。」
突然打ち明けられた本当の自分。
あたしは何も考えることができなくて、
ただ涙が頬を伝わるのだけを感じたの・・・・。
だけどね、道明寺・・・あたしはそんなこともうどうでもいい・・・
あたしの望みはただ一つ・・・・
あなたに会いたい・・・・
vol.3
大学に着くと、聖は周りに見せつけるように
あたしの頬に軽くキスをして行ってしまった。
もう!!外国では普通の事だけど、ここは日本なのよ!
あたしは周りの注目を浴びながら歩き始めた。
あたしは英徳には行かず、白川学院大学という英徳に
負けず劣らずの名門校で経営学を学んでいる。
これは少しでも家の役に立ちたいという想いだった。
「つくしぃ〜おはよぉ〜!!今日も寒いねぇ〜。
あ〜ぁ、あたしは身も心も寒いのに、つくしはいいよね〜
毎日あのかっこいい聖さんに送ってもらうんだからさぁ〜。
あたしにも早く王子様が現れないかしら〜。」
「ちょっと実華!聖は兄なのよ?!ちゃんとわかってんの?!
・・・あたしなんてずっと心が寒いわよ・・・・」
「つくしなんてよりどりみどりじゃない。なんでいろんな誘い断ってんの?
好きな人でもいるわけ??ミス白川にまで選ばれて、遊ばないと損だよ?!」
あたしは『好きな人」という言葉に反応する。
好きな人はいる・・・でも今はそんな言葉じゃ表せない・・・
愛してる人・・・・
「好きな人なんていないし、全然誘われてないもん!!ミス白川になったのだって
たまたまよっ!あーもうホラ、講義始まっちゃう!」
「法学部の先輩にも誘われてるのに何でわかってないの?!
まぁいいや。急ごう!!」
つくしはほぼ毎日のようにいろんな人に声をかけられる。
それは当然のこと。
高校生の時の幼い顔から大人の女性へとかわったつくし。
セミロングの黒髪、見ている人を吸い込むような大きな瞳、
透き通るような白い肌に華奢な身体。
すべての女性が憧れるような姿に変身していた。
だが、そのことに本人は気付いてはいなかった。
その日の夕食、めずらしくお父様が帰っていた。
「お父様、最近お仕事忙しいんじゃないの?こんな時間に帰ってきて大丈夫?」
「あぁ今日はもう終わったから大丈夫だよ。
それに今日はちょっとつくしに話があって早く帰ってきたんだ。」
「話??」
お父様とお母様は目を合わせて微笑んでいる。
「実はつくしに縁談があってね。ちょっと急で明後日なんだが、どうかな?」
あたしは困惑したような顔をした。その表情に気付いたお父様は、
「つくし、会ったからといって絶対結婚しなくちゃならないわけではないよ。
お友達になったらそれはそれでかまわない。
道明寺くんのこともわかっている。
実は縁談の相手もつくしと一緒で全く異性に興味がないらしい。
もしかしたら気が合うかもしれないから、会ってみないか?」
「・・・・わかりました。」
今まで縁談はたくさんあったけれど、
お父様もお母様も私のことを気遣って断ってくれていた。
だけど今回は違う。
なぜか積極的にすすめているようだった。
道明寺・・・もう気持ちの決着をつけなくちゃならないのかもしれないね・・・
だから今回はお見合いをすることに決めたの・・・・
だってもうあなたは側にいない・・・・・
NOVEL