A woman with a past





vol.1


帰りたいって思ったことは何度もある。




でもそれはあいつがいる世界にであって、




あいつのいない世界に帰ることなどあたしにとっては耐えることができない拷問と同じ。




あたしは雑草のつくし・・・だけど今はもう雑草のような強さなんてこれっぽっちも残ってない。




今のあたしをみんなが見たらどう思うかな・・・




たぶんあきれるだろうな。




でもね、どんなに前向きに考えようとしてもどんなに忘れようとしても、




すればするほど刃物で何度も刻み込まれた傷のように残るの。




神様はあたしがあんたのことを忘れることを許してくれないみたい。




ううん、本当は違う。





あたしはあんたの事を忘れたら、もうあたしではなくなるから。




今かろうじて1日1日を過ごすことができるのはあたしの義兄である聖のおかげだと思う。



聖と出会ったのはロンドンに来てから。





ロンドンの宮川邸のリビングに秘書を引き連れ、スーツ姿で現れたのが聖だった。










vol.2


彼はあたしを見て驚き、あたしの隣に座っていたお母様にどういうことかと目で訴えていた。



「昔から話していたけどあなたと義妹のつくしよ。

 つくし、日本で少し話したけど彼があなたの義兄である聖よ。

 聖、つくしはロンドンのこととか何も知らないから、あなたが教えてあげてね。

 その間仕事のほうは減らすようにするから。」




「・・・いや、仕事も大学もいままで通りでいい。」




「でもあなた、それじゃぁ忙しすぎて体壊すわよ?!」




「そんなの大丈夫だから。今日は今から取引先の方に行かなきゃなんないから

 帰ってきてからいろいろ説明するけどいい?」




彼の視線があたしに向けられる。




その時の彼の瞳を忘れたことはない。






なんの光もやどしていない冷たい目。





あたしの方を見てるけど、その瞳にはあたしの姿なんて映ってないように見える。






「・・・はい。」



あたしの返事を聞くと、それじゃぁと言って行ってしまった。




お母様は苦笑いをして、


「ごめんなさいね。聖は感情を表に出さない子だから。」


と言った。






感情を表に出さないというより、あたしには感情すらないように見える。




誰も寄せつけることを許さない孤独な瞳だった。








その後、あたしの部屋となるところに案内された。



疲れただろうから少し休みなさいと言ってお母様は出て行った。



ロンドンに来て初めて一人になった。



ソファーに腰をおろすと、どっと疲れを感じていつの間にか眠りについていた。










vol.3


どのくらい寝ていたのだろうか、目が覚めると目の前に彼がいた。




「ぎゃぁ!!!」



驚いた声を出すと彼は冷静に言う。




「あんた全然起きないから死んでるのかと思った。」





・・・いやいや、そんな死んでると思ってなんでそんなに冷静なのよ!!





顔をひきつらせているあたしを無視して話をする彼。





「母さんも言ってたけど俺は仕事と大学で忙しいからあんたの面倒はほとんど見てる暇がない。

 だから専属の使用人をつけるからその人にわからないことは聞いて。

 俺に用があるときは部屋隣だから。あー・・・俺の事は『聖』でいいから。

 まちがっても『お兄さん』とか呼ぶな。俺も『つくし』って呼ぶから。

 悪いけどもう時間ないから後は使用人に聞いて。じゃぁ。」





一方的に話してすぐ去ってしまった彼と入れ替わりに40代前半ぐらいの女の人が入って来た。




「今日からつくし様の専属となりました佐々木です。どうぞよろしくお願いします。」




「あっよろしくお願いします。あの・・・一つ聞いてもいいですか?」




「はい、何でも聞いてください。」




「・・・あの人・・・聖さんはいつもあんな感じなんですか?」



あたしはなぜか彼のことが気になった。





ううん、なぜかはわかってる。





「聖様ですか?!そうですねぇ・・・昔から落ち着いている方ですよ。」




「そうですか・・・。ありがとうございます。」




「いえ。あっお夕食はどうされますか?」




「お腹すいてないので今日はこのまま寝ます。」






佐々木さんが部屋を出て行ってからあたしはバルコニーにあるイスに座って空を眺めた。





あの人の瞳を見るとあいつを思い出す。




これからあの人と顔を合わす度にあいつを思い出したら忘れたくても忘れられない・・・。




・・・神様はそれを望んでるの?




・・・あたしが何をしたっていうのよ・・・ただあいつを好きになっただけじゃない・・・






あたしは声を押し殺して泣いた。




その時隣の部屋の窓が開いて、あの人が出て来た。




彼はあたしがいることに気付いたがすぐ目をそらした。




あたしはとっさに涙を拭いて部屋に入ろうとすると彼が小さく呟いた。





「自分だけが不幸だなんて思うな。」







その時思ったの。




彼にも癒えない傷がある・・・と。





それはあたしと同じくらい深くて悲しい傷・・・。







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